北原白秋生家・記念館

柳川と北原白秋

 

1 水郷と白秋

 西鉄柳川駅から北原白秋生家までは、小舟で水郷を巡りながら行く事ができます。訪ねた時期は夏でやや水量の減っている時期だったのかもしれませんが、浅いながらもきれいな水で、水門や橋をいくつもくぐりながら生家の方面へ行きます。いくつか旧家の横を通り過ぎる際、この水路が現役だった頃の名残が水場へ降りる石段などから覗えます。途中には神社があり、運がいい時は花嫁さんを乗せた船とすれ違う事もあるそうです。水路沿いには、北原白秋の歌碑が道路ではなく川の方を向いて設置されています。地上の道より、水上の道の方が白秋にとってはなじみ深いのかも知れません。船頭さんが小一時間かけて生家の近くまで乗せてくれる間に、白秋が詩を書いた歌などをうたってくれます。白秋作詞だと知らずに子供の頃から知っていた歌もあり、生家に着く前のちょっとした頭の運動にもなります。

 

2 北原白秋生家

 白秋の生家は一度火事に遭い消失しましたが、建て直され外観や一部内装は商家の時代のものを残していますが、今は資料館・記念館になっています。なまこ壁の蔵屋敷で、入口を入ると、建物博物館のような所に行くとあるような土間と一段上がった板の間があり、お勘定をしていただろう場所があります。店に当たるその場所だけでもかなり広く、そこに続いて、私室や居間、台所、中庭があって離れがあります。東京から来た人間からすると、かなり広いおうちです。その中に、白秋の書斎に似せた場所があり、来館ノートを乗せた文机の横の本棚には、交流があっただろう文豪たちの本の当初出版された形のものがずらりと並んでいて、その社交性を窺える一間でもありました。本当の書斎は離れに今も残されています。

 

3 北原白秋記念館

 中庭を囲む土蔵はそれぞれ資料の部屋になっており、白秋の仕事ぶりがうかがえます。童謡や唱歌等、広く歌い継がれて来たもの他に、数えきれないほどの校歌の作詞も手掛けており、その多忙ぶりに驚かされました。また、中庭の奥に北原白秋記念館もあり、白秋足跡と柳川の歴史を追い、この町が詩人白秋にとってどんな存在だったのか、その一端を垣間見ることもできます。いくつかこの明治〜昭和初期の文豪に関する文学館や資料館、旧居などを訪れましたが、そのほとんどが一度は東京を目指しており、『上京』というのがキーワードとして浮かび上がります。白秋も上京していますが、商家の跡継ぎ息子の上京の難しさや、共に上京しようと志した友人の死など、白秋が詩人として歩む前乗り越えてきた困難を、ここで初めて知りました。