夏目漱石大江旧居

期間限定公開中の旧居

水前寺公園のすぐ東側にあるこの旧居は、夏目漱石の記念館として公開をしていた内坪井旧居が熊本地震で被災したため、展示物をこちらの大江旧居に移して公開をしています。通常は中の公開は行っていませんが、記念館の復旧工事が終わるまで中も見る事が出来ます。(内坪井旧居の工事がいつまでかかるのかは、訪ねた2018年8月の時点では不明、復旧して展示物を戻したらまたこちらの大江旧居の中は見れなくなる予定だそうです)また、隣にある熊本洋学校教師ジェーンズ邸は、県指定重要文化財で、当時の建築資材で復旧すべく一つ一つ丁寧に仕分けしている所でした。こちらの展示品も一部ですが大江旧居にて展示しています。窓からその様子がよく見えるのですが、隣同士にも関わらず大江旧居はほぼ地震の影響を受けておらず、同じ木造でも、日本家屋の西洋家屋ではやはり基本的な耐震面で違うのかなと思いました。

 

漱石お気に入りの家

熊本赴任時代、漱石は六つの家に住みました。現存しているのは、五番目に住み記念館だった内坪井の旧居と、三番目に住んだ子大江の旧居です。職業柄、漱石は様々な家に住みましたが、日本国内で当時の場所に現存しているのは、この熊本の二件です。持ち主の落合氏の留守宅を借りる形で入居した漱石は熊本赴任中に住んだ家の中でもこの家をとても気に入り、落合氏の帰郷まで転居はしませんでした。なお、四年三ヵ月の赴任期間中、六回引っ越した中で一番長い一年八カ月を過ごしたのが、記念館として残されていた中坪井の旧居です。こちらは記念館という役目があったので残されていましたが、お気に入りだった大江の旧居が残されていたのは偶然かもしれませんが、隣に文化財のジェーンズ邸があったから、地震にみまわれるまでは庭のみの公開だったかもしれませんが、洋風建築との比較としてこの閑静な日本家屋を残しておいたのかなとも思いました。

 

くつろぎの場所

こちらの旧居では声を抱えるとボランティアの方が出ていらして色々な説明をしてくださいます。展示品の漱石の肖像写真の話では、有名な頬杖をついた写真は手前側の腕に黒い喪章を巻いているのですが、撮影した時が明治天皇の崩御後すぐだったという事をその時、初めて知りました。また、漱石の文筆活動は東京に戻ってから始まり、それまでは俳諧を嗜むくらいだったそうです。それでも阿蘇を舞台にした『二百十日』をはじめとして、旅行好きだったのも功を奏しているのか、熊本時代に訪れた場所は漱石の文学の中でいくつも見つける事ができますし、モデルにされた場所は今でも残されているものがあります。夏だったので障子や縁側の戸もすべて空けてあり、家のどこの間にいても庭まで広々と視界が広がり、開放感と日本の静けさがあり、漱石のお気に入りだったのも頷けます。