京都国立博物館・展覧会・イベント

水の中の不思議な印

初めて訪れた京都博物館、入口をくぐって目に入った建物は右に昔ながらの博物館らしい建物が一つと正面に近代的な建物が一つ。目的の企画展示は、正面の建物で行われていたので広い中庭を進んでいくと、建物の手前の水盤を思わせるような池の中に、何やら二重丸の印が等間隔にポツポツとありました。これは何だろう、近代美術というには少し幾何学過ぎるし、京都には美術館もあるはずです。そのなぞはすぐに解けました、池の縁に説明版があり、この平成知新館の建っている場所に建築前に行われた発掘調査で方広寺の遺構が発見されその柱の印だそうです。なるほど、柱の跡だと思えば納得のいく配置です。さらにこの二重丸の印は、平成知新館の中の床にも見つけることができます。あ、今自分は遺跡の中、かつてのお寺のあった場所の中を歩いているのだと思うとちょっと不思議な気分になりました。

 

「博物館」らしいファサード

平成知新館に行くまでに、明治古都館を右に見ることができます。赤レンガと白い漆喰、灰色の屋根の、いわゆるレトロな建物です。屋根は基本的に緩やかなカーブをしていますが、正面玄関にあたる場所だけ、二等辺三角形を。四本の柱に乗せた形になっています。その三角形の部分には日本神話に出てくる神様のような人物のレリーフが彫られていました。この形式はどこかで見たなと思っていると、大英博物館の正面玄関を思い出しました。あちらはパルテノン神殿を模していて、三角形の部分に同じように神様のレリーフがあしらわれています。文明開化時にイギリスに習ったと言うのはよく聞きますが、この正面玄関の形式も、参考にしたのかもしれません。ただ、そのレリーフはよそからの借り物のモチーフではなく、日本古来のものという所に、ただ模倣するだけではなかった様子がうかがえます。

京都の考える人

入口から向かって左側の庭には、西洋美術館でおなじみのロダンの考える人がいました。上野を思い出すので京都まで来て懐かしい人に再会したような不思議な心地と共に、なぜ、美術館でもない、おそらく西洋美術館のようにロダンのコレクションがあるわけでもない、この博物館にロダンの考える人がいるのかと少々首をかしげました。けれど、展示を見た後に再び考える人を見ると、何やら親近感のような者を感じました。それは、どこか展示物を見て反芻する人物のようにも見え、西洋美術館だと地獄の門も展示されているので考える人ではなく本当は地獄を見つめる人だという事がわかってしまうのですが、ここには考える人しかいないので、展示物について深い思考に浸る人のように見えました。

 

龍馬と地図

江戸末期、動乱の時代に、「地球儀」で物を考えていた日本人がどれだけいたのか、という話を歴史の先生がおっしゃっていたのを、今でも覚えています。当時の日本人にとっては国と言えば藩(今でも慣用句にその名残が見られます)、国境は藩と藩の境目、海の向こうに思いを馳せた人はどれだけいたでしょうか。もちろん蝦夷地、琉球、清との交易はあったでしょうし、オランダとのいわゆる南蛮貿易も制限はされていましたが行われていました。しかし地球儀を見た時に感じる日本の小ささや、軍事面での弱さを、どれだけの人が実感していたか、そんな話になると、決まって龍馬を思い出します。江戸末期、地球儀上の日本を認識していた数少ない人物としての龍馬。そんな龍馬を思い出させようと言うのか、企画展は伊能忠孝の測量による日本の地図で始まっていました。

 

龍馬の書簡

おそらくこの企画展示で一番場所を割いていたの龍馬の書簡です。単純に点数としても多いのですが、龍馬の活躍した期間を考えると、今のように郵便が整備されているわけでもない中、相当な筆まめだったのがうかがえます。おもしろいのが、宛てた人によって微妙に変わる筆使い。お姉さんの乙女に宛てた手紙はそれはもう豪快で、伝えたくて仕方ない事なんだろうなというのが伝わってきます(日本を洗濯する云々も展示されていました)。ですが、木戸孝允宛の手紙の字の落ち着いて丁寧な事。筆跡そのものは変わりませんが、家族宛とそれ以外では随分と書の雰囲気が変わるものだなと並べられて実感しました。そして、今まではどことなく「一人で活躍した英雄」のイメージが少なからずあったのですが、手紙が存在することで、共に行動こそしていませんが、それらを宛てた人物との関わりが見えてくるようでした。

 

龍馬と外国語

海援隊に関する書物も展示されていて、その中でも目を引いたのは、巻物に書かれた学習用のアルファベット。丁寧にブロック体と、筆記体が併記してあり、ちょうど中学校一年生の教科書に似ていました。そして、私はてっきり海援隊は英語を主体に使用していたと思い込んでいたのですが、そんなことはなく、オランダ語を数の数え方からきっちりやっていました。数の読み方は語学の学習で早い段階で手を付けますが、商社としての海援隊としては必須事項だったのかもしれません。英語を取り入れていたのではないかと勘違いしていたのは、グラバー商会と取引が会った事や、ちょうど蘭学から洋学への移行期なら、龍馬なら先見の明で英語を取るのではというイメージが勝手にあったからです。きちんと考えれば、長崎を拠点にしていたのだから、日本の中ではオランダ語が最後まで使われていた土地でもあると思います。流行りに乗るばかりではない龍馬の一面を、見た気がしました。

 

 

Satoko May - Jun 2017


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