奈良国立博物館

正倉院展、はじめに。

関東住まいにはいささか遠い奈良博。けれど正倉院宝物は東で手をこまねいているだけでは、逆立ちしても見られない。日曜美術館の特集番組だけじゃなくて、本物をこの目で見たいと思い始めたのはいつ頃だったか定かではありませんが、白瑠璃の椀か蘭奢待が出品された頃にはすでにほぼ毎年のように見に行くようになっていました。一部修復の入っているものもありますが、千年以上前のものがこんなに良好な状態で残されているのは本当に奇跡に近いと思います。それはこれらがすべて「宝物」として扱われてきたからにほかなりません。もちろん保管場所たる正倉院や、その保管方法などいくつもの条件が重なっているとは思いますが、いつもその保存状態の良さには驚かされます。そして、これらの宝物をずっと大切に伝えてきたいう事そのものに、価値を感じずにはいられません。

 

1 漆胡瓶

 入場チケットの柄にもなっている、今回の正倉院展の目玉、ペルシャ風の水差し。実物は想像より少し大きく、きっと両手で持っていた、もしくは片方の手は胴体を支えていたのかなと思えるような手にちょうどよい丸みでした。近くで見るまでは考えていなかったのですが、蓋の頂点から鎖が取っ手に通してあって、取っ手と一緒に鎖を握ると蓋が開く仕組みになっていて、これなら蓋の開閉に手を添える必要がない、なんてシンプルで機能的なんだろうと驚きました。また、模様も取っ手や台座の縁の幾何学的な四つ葉と、胴体から注ぎ口に掛けてランダムに彫られた動植物のもとても鮮明で、鳥も飛んでいたり、虫をくわえていたり、鹿は二匹仲良く並んで走っていたり、休んでいたりと、色彩が落ち着いている分、あしらわれた模様を楽しむことができました。

 

2 染物二種、縹地唐草花鳥文夾纈?と赤紫臈纈?几褥

 色の鮮やかさに何より驚くこの二枚。縹地端切れに関しては、布そのものは断片ゆえに劣化しているものの、染の模様もパターンを描く草花の色も、ポイントになっている鳥のも綺麗に濃い緑と赤色で残されています。この鳥ですが、よく見ると、足に水掻きとぽっちゃりとした体形で、どちらかというと水鳥を思わせます。もう一枚は、深い臙脂にも見える赤紫のに波の文様と水鳥と魚の組み合わせ。こちらはいわゆる水に浮かぶ鳥の形をしているのですぐに水鳥だとわかります、列をなして泳いでいますがその中の一匹が後ろを振り返っているあたりに遊び心を感じます。また魚は、文様としてエラ、胸鰭、背鰭、腹鰭そして尾がきちんとリアルになりすぎないデフォルメに落とし込んであるあたりに、この布をはるか昔デザインした人のセンスが伺える品でした。

 

3 二枚の布作面

 木彫りの面はいくつか見たことがありましたが、このように白い布に人の顔を描いただけの面というのは初めて見ました。立体のものとは違って、そのシンプルさはもちろん、平面ゆえに、そこに描かれている顔をきちんと見ることができます。どちらも立派な上髭と顎鬚を蓄えていて、正方形の方は二重瞼と重量感のある鼻、いわゆる絵巻もので見ていたような典型的な引き目にくの字型の顔とは全く違っていて、その彫りの深い顔立ちはともするとはるか西の民のようにも見えます。そして、これがお面としてちゃんと機能するように、目の所や下瞼にのぞき穴が施されていました。昔も今も、面の飾りや形式は変われど、お面としての機能の部分と言うのは変わらないのだなと思いました。

 

4 管楽器、?と笙

 和楽器にそこまで詳しくはないのですが、どこの民族楽器を見ても、クラシックの楽器を見ても、形状こそ異なりますが、管・弦・打はそろっているようです。そしていわゆるクラシックは平均律で調性が長調にもなりますが、民族楽器に関しては、基本的に短調。正倉院宝物の楽器は今でも演奏可能なものがあり、時々会場にその音が流れていますが、例えば笙の織り成す和音は、どれだけ複雑になろうが短調です。それは新旧変わりません。世界のどの地域においても管弦打がそろっている事、それらの出す音が往々にして短調であることそれに気づくと、人が根源的に持っている音楽は短調じゃないのかとさえ思えてきます。(※短調=暗い音楽ではありません)今回展示されている楽器には、奏者と草花、そして音に追うように宙を舞う尾の長い鳥の装飾が施されています。両方とも裏に東大寺と書かれている事から、寺院で使われていたのは容易に想像がつくのですが、これらを含む楽器を奏でる事で、その場を少しでも天上/極楽のような雰囲気にしようとしたのではないかと思えてなりません。

 

5 織模様と縫い模様、大幡残欠と大幡脚

 パッと見ただけでは花の模様のついた長方形の旗で住んでしまうかもしれませんが、よく近づいてみてみると、模様や色の違う布をデザインに合わせて縫い合わせているのがわかります。今でいう所のパッチワークが一番近いような気がしますが、この頃からバイアスで縁取りという今でも縁取り、パイピングをする際に使われる方法がとられていることにまず驚きます。曲線を縁取るのにバイアスに取られた細い布を使っているので、よれやしわ、ツッパリなどがなく、きれいな曲線を描いて縫い付けられています。逆に旗の土台となる地は縦に取られていて、風になびいたらきっと綺麗なドレープを作っていたことでしょう。そして、おもしろいなと思ったのがこの旗を縁取る布がまるでタータンチェックのように少し太めの糸で織られていること。正倉院の織物、染物の類は、今見ても物自体は時間を経ていますが、デザインに古臭さを全然感じないのがいつも面白いです。

 

6 三つの磁皿

工芸品のなかで人の意図と偶然が起こす筆頭と言えば、焼き物。今回の展示では、クリーム色に鮮やかな緑の模様が映える大皿が二枚と、お椀がひとつ展示に出されていました。滑らかな曲線の大皿はちょっと千鳥格子のようにも見えますが、全体をみると大きな渦のようにその模様が一つの白を囲み大輪の花でも咲いているように華やか。もうひとつの皿の縁を立たせわずかに台を付けている皿では、まるで岩場を緑の釉薬が、中心に向かって流れ込むようなダイナミックさがあります。また椀では、緑に釉薬が側面を流れた跡が細く、柳のような植物を思わせます。三つともたった二色の釉薬しか使っていませんが、それぞれの印象は全く異なります。こういった焼き物の、皿や椀の形、釉薬を置くまでは人の手ですが、そこから先、どのように垂れ、どのように発色するかはその時の次第の奇跡というのが、私はとても好きです

 

7 革帯

これはタイムスリップでもしたのではないかなと、思わずにはいられなかった革帯。まごうことなきベルトです。しかもバックルの形状は、ほぼ現在のものと同じ、帯全体の作りもほとんど変わりません。違う所と言えばベルトにしては少し長め、当時の人が現代の人よりも小柄な体格だったとしたら、長すぎるような気がしましたが、いわゆる帯のように巻いていたのだとしたら、バックルで留めた後にもう一度重ねるなりすると、止めた部分が見えなくなって、ちょうどいい長さかもしれません。よく考えると、今まで鏡などを入れておく箱として漆皮箱などがあって、当時から皮製品の加工技術は既に存在していて、皮が装身具の類に加工されていても何らおかしくはないのですが、あまりにも現代のベルトに似ていて面喰いました。正倉院宝物は、時々時代を先取りしていて驚くことがあります。

 

8、社会保障と福利厚生について、正倉院古文書正集第三十一巻(出雲国大税賑給歴名帳)と続々修正倉院古文書第四十六帙第八巻(写経司解案ほか)

戸籍の歴史は古く奈良までさかのぼれると言う事は知っていても、どれだけのことを把握しているのかというのはあまり考えたことがありませんでした。この出雲の国に関する古文書は食料の給付対象者に関する物で、それには、八十歳以上の年長者、妻を亡くした男性、夫を亡くした女性、両親のいない子供、一人で生活の出来ない者などが細かく記されて今した。夫を亡くした女性の数が多かったのにはびっくりしました。地域的に男性が漁業等危険を伴う職業に従事していたのかもしれません、何か理由を勘繰りたくなるくらいの数字でした。もう一つ古文書の中で面白かったのは写経所の上申書、職場改善を求めるもののおそらく下書きと思しきもので、新しい作業着や、月に五日の休日を求めるもの、食事の内容や薬としての飲酒などが理由と共に書かれてあり、昔も今も職場改善を現場から求めるという構図は変わらないんだなと思いました。

 

 

 

Satoko Jul 2017


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