志賀直哉旧居

1 寺仏閣、博物館だけではない奈良の見どころ

奈良公園を浮見堂のある右に、鹿のいる丘を左に見ながら降りていくと、某有名会社の保養施設なども立つ、少し閑静な住宅街に出ます。志賀直哉旧居は道案内の看板こそありますが、実際のその家は、他の家とたたずまいを異にしているわけではないので、うっかりすると、通り過ぎてしまいそうでした。それくらい周りの家々もいわゆる旧家然としている中にあります。通りから見たその邸宅は私の記憶が正しければ羽振りがよかった志賀直哉氏にしては、オーダーメイド住宅という贅沢こそしていますが、少し控えめに作ったのかしらと思うほど。中に入るとその予想は大いに覆されます。旧居が平家でない時点でそれは気づけたわけですが、中に入ってみると広々空間が機能的にそして贅沢に使われた家でした。

 

2 二階の書斎と干し柿のカーテン

ちょっと狭くて急なのが昔の家らしい階段を上って二階へ上がると、執筆用の書斎があります。和室に肘掛け椅子とシンプルな机で、こういう和と洋の組み合わせがモダンでもありレトロにも見えました。長い時間執筆するのならおそらくこだわった家具ではないでしょうか。そして、机は窓にくっつけられていて、顔をあげるとちょうど庭が見えるようになっています。この配置も、いかに居心地のいい環境で仕事をするか考えた末なのかもしれません。二階は一階に比べると天井もやや低く、私的な空間に思えました。こちらの旧居を訪ねたのが11月だったので、同じ二階の別の部屋には干し柿がカーテンのように吊るされている間もあって、どこかホッとする感覚を覚えました。

 

3 サロンのソファとサンルーム

 一階の印象は、公共の場所。サロンは作家仲間や弟子を招いて談笑するのに何人くらい呼べるかしら、十人くらいならきっと余裕があるくらいひろくて、壁には見たことがないくらい長いほぼ六畳間の長い方の辺くらいソファが壁に設えてありました。庭へ続くサンルームは小さな喫茶店なら開けるんじゃないかと思えるような広さでした。社交好きで、人をもてなすのが好きな人でなければ、家を建てる時に人を呼ぶためのサロンやサンルームなんて、きっと作らなかったでしょう。そして、家族のための部屋も自分の執筆場所も別にきちんとあるので、公私混同をあまりしない人なのかしらとも思いました。そして私的な空間と、もてなす公的な場所をそれぞれが混じらないように、けれどそれぞれに不便が無いように、機能的に配置している印象を受けました。

 

4 お風呂と台所

 水回りが気になってしまうのは「文豪」と冠された人物に、どこか生活感を求めてしまう自分の癖かもしれません。お風呂はいわゆる五右衛門風呂式、湯船の大きさに対して、洗い場が大きいなと思ったら、シャワーヘッドが壁についていました。けれど、このシャワー、説明文によれば冷水しか出ないそうで、ちょうど冬の手前に訪れたので、ちょっとぞっとしました、夏ならきっと心地よい事でしょう。そして厨房というべき広さの台所(6畳以上あります)大きな調理台はもちろんですが、ガスが二口も引いてありました。昭和初頭にこの家が建てられたとして、ガスのコンロは最先端で都市部でも引くが始まったばかりのはずですがすでに二口、そしてダメ押しのように高級品であっただろう冷蔵庫もありました。隣のダイニングと食堂を兼ねたサロンの大きさと、サンルームの大きさを思えばさもありなん、女中さんがいたであろうことが容易に推測できました。(女中部屋も旧居内にあります)

 

5 茶室

一階の端には茶室もついています。お客様は庭を通って茶室の外から入り、また、茶室の横には水屋が付いていて家中の一階の水回りの動線に組み込まれており、複数の人数をいっぺんにもてなすことが出来るように設えてあります。茶室の周りの庭は、そこだけ少し茶室専用の庭のように飛び石が伸び、それに沿って植木や石が配置してありました。食堂、サロン、サンルーム、そして茶室。和洋折衷いろいろな方法で、春夏秋冬どの季節でも、志賀直哉はこの家に人を招きもてなしたのだと思います。それでも、自分の仕事場、家族の居室、女中の部屋などは、これらのもてなしの場とは動線を交えるこなく、公私は混同されません。志賀直哉氏には社交的なイメージをずっと持っていましたが、公私を完全に分けているからこそ心置きなく人を招きもてなせたのではないかなと思いました。

 

6 驚きの庭と最後の忘れ物

 豪邸にある物の筆頭と言えば屋外プールというのはおそらく今でも変わらないと思います。そして、羽振りもよく、西洋文化うまく取り入れた志賀直哉邸も例外ではなく、庭にプールがありました。もちろん当時の事ですから、年中泳げるわけではありませんし、深さや作りから見るに子供が夏場に水遊びをするのにちょうどいいと言った感じのものでした。見に行ったのが秋だったので蓋が閉められていましたが、邸宅の南側に設えられているそのプールは北の庭の池と同じように、夏場の涼しさを得ることが出来たかもしれません。通常の邸宅なら、サロンやサンルームから見えるこの位置にも、もしかしたら池を作っていたかもしれません。そこにあえてプールを持ち込むのが彼の流儀なのか、邸宅を出るころには水回りにこだわる文豪という新しいイメージがつきました。

 

Satoko Sep 2017


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